なぜ走るのか

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みなさんこんにちは!

元高校球児のアイーダです。

今回は走り込みについてです。

野球部の皆さんならわかると思いますが、野球部はとにかく走ると思います。

投手であれば、尚更です。

私も投手だったので、高校時代はとにかく走りました。

なぜ走るのか、その答えを私はまだ出すことができていません。

ここでの「走り」は、必要量を超えた走り込みのことを指します。

高校時代は何回ポール間を往復したかわかりません。

毎日吐いている時期もありました。

そんな私が三年間で分かったことがあります。

それは、走ることは野球の上達に必ず直結するわけではないということです。

走ったからと言って、バットにボールが当たらない選手がヒットを量産するようにはならないし、

ボールをまっすぐ投げられない選手がボールをコントロールよく投げられるようにはなりません。

バッティング練習をしたり、キャッチボールを反復する方が手っ取り早いです。

だから私は高校時代走り込みが嫌いでした。

走っても走っても野球が上達する感じはないし、むしろ筋肉も落ちる。

体がきついことよりも、やってもあまり成長していないという事実の方が何倍も

つらかったです。

何度もなんで自分はこんなに走っているんだろうかと考えました。

そしてその答えは三年間出ませんでした。

球児の皆さんにも同じような思いを抱えている選手がいるかもしれません。

成長を実感できない練習を続けるのはきついですよね。

私も現役時代は走り込みが嫌いでした。

でも高校野球を引退した今、あの走り込みが無駄だったとは全く思いません。

いくつか理由がありますが、やっぱり一番は強烈な思い出になることです。

めちゃくちゃきつかったし、腹が立つこともありましたが、やっぱりその時の話は

仲間とするとめちゃくちゃ盛り上がります。

本当はよくないですが、ポール間走でカーブを直角に走った時の話や

理不尽な走り込みをあれやばかったよな!?みたいな話をしたり、(笑)

三年間一緒にやってきた仲間は間違いなく高校野球で得た宝物です。

死ぬほどきつい思いをするから、その記憶はずっと残るし、

あの日々を乗り切ったという自負は大きな自信になります。

まだ野球を引退してから日が浅いですが、あれよりきつかったことはまだありません。

今きついことを乗り切った経験は、今後に必ず生きてきます。

そして、練習の意味は自分で作ることができます。

どうせやるんだったら、意味や目的をもって取り組む方がきっと自分のためになります。

とにかく一生懸命やってください。

一生懸命取り組めば、それが野球に生きなくても、一生懸命何かをやり切ったという経験が自分を助けてくれる、

私はそう信じています。

だから今が辛くても腐らず頑張ってください!!

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